|
|
前川という川だと書かれていましたが、正式には「前川排水幹線」(まえがわはいすいかんせん)と呼びます。一口(いもあらい)というのは地名です。もともと、巨椋池(おぐらいけ)という琵琶湖をしのぐ池があった所です。一口とは、その池と宇治川とがつながる場所にあり池の水の流れが芋を樽で洗う時の水の渦の流れに似ているので、「芋洗い」とついたとか。これは有力説のひとつです。最有力説は、江戸城を建てた太田道灌という方が、自分の娘が「疱瘡」(ほうそう)にかかり困っている時。ここ巨椋池にある一口の場所で願をかけて、その池の水を娘の疱瘡にかけて手当てをすると、無事治ったという話があります。つまり、「疱瘡」を昔は「イモ」と呼んだそうで、そのイモを洗う。(疱瘡を清める)という意味。「いもあらい」とは、昔からご祈祷または斎事を行った場所だったようです。ちなみに一口には、東一口と西一口があり、古いのは西一口です。今は、東一口の方が住民は多いですが・・・。私は東一口の住人です。また、昔、一口の池の畔で斎事を行っておられたのは、「齊藤氏」です。そう、斎藤利光。そうです。本能寺の変で有名な明智光秀の家臣の斎藤一族です。つづきは、また後日。
|
|